妙なる囁きに 耳を澄ませば
          〜音で10のお題より

 “君の好きな唄"


小人 閑居して不善を為すといいますが。
神の和子といえば、けっして“小人”ではないだろに、
よくもまあと呆れちゃうよな、
とんでもない解釈を持って来たり、思い切ったことをしてくれたり。

 “そういや、私の螺髪へも
  随分と強引な説明をしてくれてたよね。”

既作『天穹に蓮華の咲く〜』参照ですね。
自分の有り様や言動やに、
嘘偽りや誤魔化しなぞ望みはしない。
どのような人へも公平に対すべく、
諭す言葉も聞く耳も、深い許容も持つ身だ、
判ってもらうための努力も惜しみはしないブッダではあるが。

 さりとて

初見にして無垢なる善良な人々へ
余計な混乱・困惑・疑惑の種を蒔くのは善ろしくなくて。
その生命のきらめきを侭に出来る時間が限られている地上の人々へ、
ちょいとそこへお座りを強要する訳にもいかぬもまた道理。

 そんな双方を丸く収めるべく

作為もなければ巧智からでもなくのこと、
それはそれは柔軟な、物言いだの物の見方だのを
ひょいと持ち出すのがイエスであり。
いつも、きっと、必ず、それで丸く収まるという訳ではないけれど。
周囲の眸をいちいち意識もしない屈託のなさは、
今時風に“天然だから…”と言ってしまえばそれまでだけれど。
その天真爛漫な朗らかさは、
尋の深い慈愛から生じた、彼からの豊かな抱擁でもあるがゆえ。
決して棘を含まず、居合わせた誰をも傷つけることはない。

 そして、ここが重要なのが

様々な修行を積み、豊かな経験も持ち、
布教の中では、世の人の錯綜の数々も見て聞いて来た人のはずなのに。
彼の言の葉のきらめきは、

  あくまでも 神の子だからという閃きであり、
  あくまでも 自然発生する発想や文言なのらしく。

神童だと褒められても、彼にはとんだ的外れだそうで。

 “少なくとも謙遜じゃあなさそだよね。”

アガペーの赴くまま、もとえ、導くままに、
行動しているだけには違いないものねぇと。
なし崩しが得意技な メシアというのも困ったものだと言いたげに。
くっきりとした双眸の上へ乗っかる眉を、ややもするとハの字にしつつ。
でもでも、すっかり楽しそうな笑みを口許へと浮かべて。

 「お代わりは? 絹ごしの卵とじも まだあるよ?」
 「あ・うん。じゃあご飯を もちょっとほしいな。」
 「は〜い♪」

窓からそよぎ込む涼しい風のせいか、
暖かいメニューへも箸が進む今日このごろ。
朝と昼とにあまり食が進まなかった反動もあってのこと、
絶妙な甘辛で味付けされた絹ごしとうふの卵とじと、
ナスの茶せん煮、里芋の薄味煮染め、
ハクサイとハツカダイコンのサラダに、
ジャガ芋とタマネギの味噌汁というメニューを、
イエスは好き嫌いなく もりもり平らげておいで。

 「うん。私やっぱり、ブッダの味付けが一番好きvv」

たまには外食することもあるし、旅行にも出ることも無くはなく。
そういう先でいわゆる“外れ”に当たった試しがないものだから、
行く先々で結構な御馳走を堪能しはするのだけれど。
絹ごしのとろんとした柔らかさに負けない、
ふんわり仕上がった卵と煮付け汁の双方を、
ちょっとお行儀はよくないがご飯の上へちょんと載せ、
丼仕様で あぐりといただけば、

 「〜〜〜〜〜〜vv /////////」

座ったまんまで地団駄踏みたくなるような、
そりゃあもうもう、
辛いのが売りの麻婆豆腐丼と対極を成すだろう格別な美味しさで。

 「判ったから落ち着いて食べなさいね。」

せっかく声が戻ったというに、
気管に入ったらえらいことになるよとイエスを宥めつつ、
いつしかこちらも、それは楽しそうに微笑うブッダでもあって。

 『カラオケボックスに行こうね。』

イエスに振り回された1日だったこともあり、
明日の屋根と排水の点検補修工事の間の逃げ出し先は、
ブッダの主張から、そういうことに決定と相成った。

 『え〜〜?』

イエスとしては、
オンラインゲームにもいそしめる“まんが喫茶”の方がよかったものか、
ともすれば一方的な決定なのへとブーイングを出しかけたものの、

 『…だってサ、
  今日はイエスの声をろくに聞けなかったんだよ?』

それって寂しかったんだからねと。
いや、こたびは わざわざそこまで言ってはないが。
少ぉし視線を逸らし気味にし、
いつぞやにアルバイトを4時間までと宣した折の、
すぐさま一言を付け足しなされたのと同じお顔になった釈迦如来様だったため、

 『……うん、判ったよ。////////』

速攻で了解を得られた辺り、効果は絶大だった模様。
ただし、

 『???』

あくまでもご本人にはそこまでの作為はなかったこと、
ブッダ様の名誉のためにも
こそりと付け足させていただきますが。(どんな名誉・笑)

 「カラオケかぁ、そういや久し振りだね。」

美味しい楽しい夕食も済んで、
はあと堪能の一時を休んでから、仲良く食器を片付ければ、
後は寝るまでをお喋りで過ごすばかりの、夜長の入り口。
お風呂が早いめだったせいか、
シャツの襟ぐりウチワで扇げば、ちょっぴり汗の匂いもしないでないが。
窓辺でPCをお膝へ抱える無邪気な君と視線が合ったその途端、
自分でも判るほどの甘い香が立ったのは、
ちょっぴり癪で…照れ臭くって。

 「ねえ、ブッダはどういう歌が好きなの?」

先だって歌いに行ったおりは、
ノリと流れから気がつけば“チャゲアス”特集になってしまったものの、
そういやお互いの十八番まではまだ知らない。

 「♪♪♪〜♪」

聞きつつ鼻歌が出ているイエスなのは、
寄り掛かっている窓の外から、
隣家で観ているそれだろう、
テレビからのCMソングが漏れ聞こえたからで。

 「ホント、イエスは唄うのが好きだよね。」

音感も悪くは無いし、
声も伸びやかで、高音も低音も揺らがない。
間奏の間の取り方も上手だし、
惜しむらくは歌詞が曖昧になることくらい。
何と言ってもそれは楽しそうに口ずさむので、
聞いている方も楽しくなってしょうがなく。
冗談抜きに、ブッダもイエスの歌を聞くのは大好きだ。
今も ふふと微笑ったブッダだったのへ、

 「だからぁ。今は私の話じゃないでしょう。」

もうと口元をたわめたまま塞いだ彼へ、
ごめんごめんと苦笑を返したものの、

 「でも、好きな歌と言われてもねぇ。」

今時の歌はCMや街角でしか聞かないのでサビしか知らないし、
オーソドックスな歌は専ら聞くばかりで唄おうとまでは思わない。
第一、そんな機会自体、ここ何百年もなかった身だ。

 「禁じられてる訳じゃあないけど、
  音曲なら天女たちが奏でてくれるし、
  口ずさむと言えば経典が主だったしねぇ。」

 「そうなんだ。」

堅物だからとか生真面目だからとかいう以前の話。
必要がないなら、しかも口にする文言なり口説なりがたんとあるなら、
そりゃあ唄わないわなと、
イエスもあっさりと説き伏せられかかったものの、

 「でも、ホンットに全くの全然、覚えてもないの?」

何げない鼻歌とか、子守歌とか。

 「そういや、イエスのあの子守歌は大好きだよ。」
 「違くって。/////////」

間接的に褒められたのが照れ臭かったか、ちょっと乱暴に言い返せば、
あ、またそんな間違った言い回しする、と、ブッダの形のいい眉が寄せられる。

 「だから、その…。」
 「うん、そうだよね。何かあるとは思うんだけど。」

きちんと正座して、卓袱台に広げた家計簿と向かい合ってた釈迦如来様。
う〜んと思い出しておいでの集中がどう働いてのことか、
嫋やかな御手の形が何かしらの印のようで。
そこから神々しい光が灯りそうな優美さをおびつつあったが、

 「…あ、そうそう。これは相当古いお馴染みだよ。」

やっとこ思い出したらしく、にこにこ笑うので、

 「どんなのどんなの?」

イエスから早速ワクワクと聞かれてハッとする。
恐る恐る自分で自分のお顔を指さし、

 「……唄うの?///////」
 「うんっ、聞きたいっ。」

存外と迂闊だ、ブッダ様。(苦笑)
とはいえ、観衆の前だという訳でなし。
そもそもからして口ずさむ程度なら嫌いでもなし。
それでも多少はあらたまり、
胸板が膨らむのが見て判るほど、すうと息を吸い込むと、

 「……♪♪♪♪〜♪♪」

歌詞はインドの古い詞。
小鳥が巣を守り、草原には優しい風が渡っているだけ、
空は高くて雲の陰が泳ぎ、何もかもが健やかだと、
そんな平凡な日常を独り言みたいに紡ぐだけなのだが。
小さなシッダールタ王子が それはそれは懐いていた乳母が、
お昼寝のときに必ず唄ってくれた子守歌で。
彼女の生まれた山野辺の里に伝わるそれだったので、
他の土地でも子供たちからも、とうとう聞けなんだのが残念で。
どんなに寂しくとも愚図っていても、
これを聞くと驚くほどすやすやと、深く深く眠れたものだったなぁと。
涼しい風の吹き抜ける広々とした居間や、庭の緑を照らす木洩れ陽、
小鳥のさえずり、女官たちの笑い声などなど、
懐かしく思い出していたものの。

 「……って。あれ? イエス?」

唄ってとねだった人が、
聞き惚れてという以上に静かになったのに気がついて。
あれれと見やれば、うつらうつらと居眠り中。
ああ危ないと思ったそのまま、
立て膝からノートPCがすべり落ち、
傍らにあった座布団の上へ軟着陸していて。
さすがにすぐ間近でのそんな衝撃には気がついたか、
ふるりと顔を上げると、
そのまま あれれと左右を見回すところが、
どれほど深く寝入っていたかを物語る。

 「…っ、あ、わたし寝てた?」
 「うん。」

イエスってこんなに寝付き良かったっけ?
ブッダから訊かれて、良くないないとかぶりを振って見せ、

 「最後まで聞けないのが難点だね、今の歌。」

綺麗な良い歌だし、覚えたいのになぁと、
随分と残念がるイエスだったのへ、

 「…そっか。
  じゃあ君を早く寝かしつけたいときは
  これを唄えば良いんだね。」

 「あ…。」

窓の外には時折ちょっぴり強い風が躍り、
キョウチクトウの生け垣を揺する。
夏場も聞こえたそれだけど、
不思議と今は秋めきのざわめきに聞こえるのは、
それへ交じって秋虫の奏でが聞こえるからか。
明日にも近づくという雨催い、
ひどいのにならなきゃいいのにねと、
さりげなく話題をすり替えて差し上げた、
釈迦牟尼様だったそうでございます。





   〜Fine〜  13.09.02.


  *原作でもブッダ様はそれは朗らかに
   私 イエスの歌が大好きと言ってましたよね。
   そっかぁ、もう“好き”発言はしてたのか、迂闊〜。(待て)



                  次話
Whisperng 

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